吐く寸前まで飲むか普通、と説教するのもなんだか自分の役目じゃないような気がして、とりあえず綺麗目の毛布をソファで撃沈している物体(といっていいくらい微動だにしなかった)に投げかけた。 地獄ツアー帰りみたいな顔で突然来るものだから何事かと思ったが、なんのことはない、仕事先でブチ切れてあおっただけらしい。まあ珍しいことではあるのだろうが。

「……臨也」

髪乾かせ携帯開いて握ったまま寝るなせめてもう一枚上着着ろ水飲んでアルコール飛ばせ、ああなんだこれ、俺はオカンか。
ソファにうつぶせになって伸びているその男は、

「うおっ」

癇癪を起こした子供よろしく突然携帯を投げ捨てた。咄嗟に手を出してひろう俺。オカン化促進キャンペーン。

「臨也」
「んー」
「んーじゃない。寝るならベッド貸すから動いてくれ」
「……やだー」
「オイ」
「ドタチン連れてってくれる?」
「運賃100万円」
「ははっ……傑作だ」

あいつ死ねとか殺すとかしか言わないからさあ、あの単細胞。

寝起きの掠れ声と、投げ出されて床に着いた腕と。どうでもいいが黒のタンクトップから伸びる腕はいい腕、だった。白いのはまあ周知のこととして、折ったらいい音がしそうな適度な細さなのだ。別にそんな趣味はないけれど。

「寝るな寝るな、寝たら死ぬぞ」
「ドタチン雪山に住んでたの、すごいね。死んだら綺麗な氷人形になれる」
「臨也」
「言葉というのは」

不意に変わる声音にびくりと背が跳ねる。うつ伏せから横向きへ寝返りをうって、まっすぐにこちらを向く。

「活字媒体よりも偉いものだと思わない?文字は残るけど言葉は霧散する。一瞬で生まれて刹那で消える。 その希少性は神様くらい凄いレベルだよ。たとえ内容が同じでも、同じ言葉というのはもう二度と生まれない」

久しぶりに正面から見据えた臨也の顔は、記憶以上に造り物めいていて生気が無かった。この顔で王様みたいに立ち回られたら、そこらのガキは簡単に信者になるのだろう。あの独特の話術の裏で、どれほどの量をどれほどの速さで考えているのか知らないが、少なくとも自分の知る限りでは一番――怖い。

「俺たちはそういう偉い言葉様を駆使して生きてるわけだ。言葉の集合体が『話』とすると、『説明』っていうのはもう神様オンパレードみたいなもんだよ。ここまでは?」
「意図は分からねえが内容は分かる」
「神様百人を何回も出動させる権限が人間にあると思う?あるわけ無いね。だから『説明』は常に簡潔なものが好まれるんだよ。話し手は神の使い手だ、だらだら喋くることは神の冒涜だね。話し手に必要なのは、いかに神様を最少人数で最大限に利用するかっていう試行錯誤――だ。 ではドタチン、受け手に必要なのは?」

酔っ払い相手に不毛な、と一瞬思うがこいつの場合別に酔ってるわけでもなさそうなので。
ああ俺、まじで親切だな、と。

「……『説明』を一度で飲み込む技量」

臨也はぱあっと笑顔になった。

「ドタチンの脳味噌掻っ捌いてキスがしたいな」
「笑顔で言うことじゃねえよ」
「俺が言いたかったのは正にそれなんだ。一度で聞いて一度で理解しろ、ってね」
「……『客』に言ったのか?」
「少々の厭味で俺の評判は変わらない」
「お偉いさん相手じゃなかったってわけか」
「ドタチン……マジで引き抜こうかな」

くすくす笑って手を伸ばしてくる。やんわりと俺の服の裾を掴む指もやっぱりいい細さで、熱っぽい瞳と冷えた指先のアンバランスが、ひどく嗜虐心を掻き立てた。

(……やばい、静雄の気持ちがちょっと分かるかもしれねえ)

「予測不可能単細胞と正面切るのも楽しいけどさ、歪んだ因子は――」

ぱたん、と腕が落ちると同時に目蓋も落ちる。その続きは――なんだ。

「……お前が欲しいのはアンノウンじゃなくて、ロジカルな駒――だ、ろ?」
「試す気?」
「臨也」
「無理。お礼はいつか」
「……そっちかよ」

今呼んだのは、ベッドに動けと催促したわけでは無かったのに。
もはや返事は無く、理屈を捏ね回して俺を勧誘して挑発して勝ち逃げした折原臨也は、もう。

「……あーあ」

電気を消す音がやけに響いた。