新羅の鞄は魔法使いの鞄だね。臨也の口から放たれたそれは、間違いなく揶揄だった。どんな時でもそこから包帯が尽きることはなかったし、いつだってその消毒液の匂いが臨也を取り巻いた。魔法の鞄だと言わなかったのは彼なりのわずかな敬意の表れだった。少なくとも彼は新羅にはなれない。その必要もない。


夢見るような表情で他人の現実をかき回していく友人を、新羅は鞄ひとつ間において迎え入れた。彼の方から出向くこともあった。関節が外れたり骨がいかれてしまったり、そういった大けがの時にはあまり役に立たなかったけれど、小さな裂傷や打撲のあとには、遺憾なく魔法が発揮された。腹の中でうごめくような魔法もあった。眠りに落とし込むものもあった。浮ついているようで実は誰よりも現実にいる情報屋は、そのたびににやりと笑って言った。魔法使いの鞄だね。


けれど彼は知らないのだ。新羅の魔法は何一つ発動していないということを。ガーゼをあてながら、絆創膏を貼りながら、新羅が彼にかけている魔法の失敗を、臨也は知らないのだ。新羅の最愛のひとでさえ知らないかもしれない。新羅は魔法使いではなく、その鞄もただの鞄だった。彼にしてみればよっぽど、

「君の方が」
「なに?」

憧憬はない。敬意もない。必要性もない。興味もない。
全てをはぎ取って残るものに名前がなくても、何の問題があるだろう?

「歪んでるって話さ」

こどものように頬に絆創膏を貼った臨也が、なにそれ、と笑う。綺麗な造形だった。新羅は肩をすくめてみせた。なんでもないよ。人懐こい双眸が諦念に細くなるのを、臨也はじっと観察した。彼の領分は言葉だったから、言葉にならない柔な部分は注意して拾い上げねばならないのだ。何も言わない闇医者と怪我をした情報屋では、あきらかに新羅の方に分があった。魔法使いは勝ち誇った顔で、繰り返される魔法の失敗を悟った。その証拠に、臨也が刺々しい声で仇敵の名を呪った。死にかけたところを何度も見ているのに、あながち、と思わないでもないのはこういう時だ。バケモノとゲテモノが、はやくなかよくなりますように。薄笑いでこめた魔法は祈りの形にも似ていた。叶わないことに妙な安堵を覚える点では、それは奇跡と同等だった。