ビルとビルの、その隙間をかがるような声音だった。目に見えない細い糸が、黒ずんだ影を縫い合わせて行く。こうして世界は狭くなる。その糸を執着と呼べば、その針は臨也の声そのものだった。俺と臨也の間、ぽかりと口を開けた白々しい距離を、黒々とした執着が(あるいは憎悪が)(あるいは愛執が)ぷつ、ぷつと一つに縫っていく。
このままでいることの難しさと馬鹿馬鹿しさを思う。
この世は一枚の大きな布切れ。その発想は俺のものではなくて、世界を縫い合わせようとする馬鹿のものだった。建物の影を、人と人の狭間を、横断歩道の白と黒を。言葉一つで繋いで穿って、傷にも似た刺繍に落とし込もうとする馬鹿のものだった。生きて震える人間を思い通りになんて出来やしないのに。現に今だって、俺を殺せないことが大きな証拠となっているのに。臨也は体温が低いから、きっと他の生き物のそれに耐えられないのだろう。熱くて、生臭くて、だからきっと同じ生き物だと認識出来ないのだろう。大好きなのに、近づきすぎてかえって本体を見失っている。かわいそうな人間愛者。自己陶酔、広い舞台にひとりきり。なるほど新羅の言うように、あいつは一種のマゾヒストだ。
布切れの端の方、ほつれ始めた暗い街で、またひとつ明りが落ちる。影が甘くなり、星が目を閉じる。滑るように闇に溶けていく。シズちゃん、シズちゃん、と俺を呪う声だけがまばゆいまま。
はやく死んでねと、歌うような軽やかさで。
虚ろな感傷は何の障害にもならなくて、水増しされた修飾が耳の中をかき回して出て行った。あの針と糸を、どうやってへし折ってやろうか。これ以上近づいたら、俺もきっと見失われてしまう。鼻につく位置で、癇に障る位置で、だんだんと閉じられていくあの気持ち悪い男の世界を邪魔したって、あいつ以外は困らないだろう。素直に頷き素直に殺される俺に、あいつがどんな興味を持つというのだろう?
俺は夜明けを待って街を出るだろう。そのままあいつのところへ向かうだろう。そしてきっと殺し合う。布切れの痛ましさを思う。こういう形もあるのだと嗤う。臨也はまた、はやく死んでねと歌う。俺を縫いとめる。俺は針を折る。
何もかも分かったような顔をして、折るのだ。