転がされたシーツの上は気持ち良く滑らかだった。場所がどこであれ時間がいつであれ、寝ころぶと何がしかの緊張はほぐれるものだ。衝動的に道路に横たわってみたくなるのもきっと日常からの脱却衝動の現れだろう。賢いふりで並べ立てた御託は払い落され、そのまま唇を覆われたので、舌を出してちろりと舐めた。

「折原さん、」

この男はいつまでも自分をそう呼ぶ。距離感と嫌悪感、それからある種の無邪気さを嗅ぎ取って背筋が甘く震える。節くれだった指には小さな傷がいくつもあって、爪の先まで気を回している自分の手とは種類が違っていた。人殺しの手だと騒ぐほどの倫理は自分にはなく、舐めた掌の塩辛さを忘れられるほどの度胸もない。身体と頭脳、ふたつに分かれた自分の値打ちを、それぞれの方法で吟味する男。暴力団の若年層。

「折原さんは今日も相変わらずですね」
「そうですか?今日はつまらない?」
「いつもつまらないから大丈夫ですよ」
酷いなあと微笑む前に男の手がスライドして、恐ろしいほどの重さで目を覆われる。拳銃と刀と冷笑と沈黙、そういう暴力の染みついた男の手はいとも簡単に世界から獲物を切り離す。何も見えませんよ。そうですか。暗いのは嫌だな。こどものようだ。

「実際ただのこどもですよ、俺は」

瞼を閉じても完全な暗闇が訪れることはなかった。天井の白熱灯と雑多な光の群が、ちらちらと盲目の世界を飛び回っている。片手一本で器用なことだが、シャツがたくしあげられ、ベルトのバックルが音を立てて外されるのが分かった。どこまでも丁寧で荒々しい流れ作業。なるほどこの男のする仕事なだけある。次に何が起こるか知らされないまま事が進むのは、目を開けていても本質的には同じでだけれど、把握できる危機感の量が違った。今この男の右手は何をしている?

「俺は」
「はい?」
「俺は、自分の知らないところで遊ばれるのが嫌いなんです」
「実にこどもらしい意見ですね」

らしくなく率直に告げると、珍しく率直に鼻で笑われた。腹筋がひきつる。反射的にびくりと揺れた右足をまた笑われる。

「しかし折原さん、あなたの知らないところなんて世界中にあふれているわけでしょう。というより世界自体が、あなたの知らないところそのものじゃないですか。目を開けていたってあなたは自分の、そうですね、身体の裏側を見ることはできない。あなたの背中はあなたの知らないところだ。今はあなたの身体すべて、あなたの知らないところになっている」
「……今日はよく喋りますね」
「最後まで。ここで、この街で、この国で、この世界で、あなたの知らないことなど無数に起きている。折原さんを中心に回ることなんてほとんどない」
「でしょうね」
「つまらない?」
「いつもつまらないので、」
耳鳴り。遠くを駆け抜けるサイレンだと気付いた瞬間、顔を覆っていた肌色がさっと取り払われた。いきなりの逆光で良く見えない。馬乗りになって情報屋をせっせと脱がしていた暴力団の男は、どこかのこどものように唇を歪めた。


「ガキはガキらしく、手前の中心で遊んでたらどうだ」


……ああ卑猥だこと。へそから下へ、まっすぐに降ろされた右腕を嘲笑いながらのけぞった。自分の世界の、なんとちっぽけなことだろう!
男の仕事の領域に軽く手を出したことをいつ詫びようかと考えつつ、全く違うことを口走る。あなたは白と黒ばかりだなとつまらなそうに男が言うので、俺は鍵盤だからと投げやりに返した。どこまでも下衆なやりとりを、だが意外とインテリなこの男はお気に召したようだった。馬鹿では務まらない仕事。人を痛めつけるのはかくも難しく、白々しい。さあ鍵盤をかき鳴らせ。好き勝手に弾けばいいのだ。俺が知っているところで起こすなら、どんなことだってすればいいのだ。そうすれば常に、こどもは好き勝手歌っていられるのだから。