最新型のそれは、自身を語る言葉を持たないらしい。100ページにも及ぶ取扱説明書とぺらぺらの保証書が1枚、真っ白な梱包材の隙間にそっと挟まっていた。横長の段ボールの中、白に埋もれる白。顔の造作にも額に散らばる黒髪にも思うところはあったが、荷物受取主の臨也はとりあえず沈黙を以て開封を行うことにした。


購入の理由はただの興味。現象の固有名は所謂「サイケ」。


段ボール製の棺なんてお粗末だと思う。生まれる前から死んでいるなんて哲学的だと思う。毒林檎も糸紡ぎも無いけれど、言葉を持たない人形はなるほどメルヘンチックだ。その冷え切った唇から垂れ流されるものが、臨也の好む生臭い慟哭ではなく、淡々と粒の揃った電子音だとしても。


首から伸びるコードとコンセントをいくつも束ねて持ち、本体はなるべく邪魔にならないように部屋の隅にたてかけた。 電源を入れる。血管に飛び散る電子の火花を夢想して、臨也はサイケの顔をじっと見つめた。

起動までの17秒。

プラスティックで出来たいのち。

さあ何を歌わせようかな。臨也はサイケの頬を撫で、それからくるりと振り向いた。君は何が聴きたい?サイケの反対側、部屋に射し込む夕日から逃れ、壁にもたれかかるようにして立っていた着流しの男が――人形が、ゆるりと首を振る。自意識をくすぐるような臨也の声は、だが彼らの心電図になりはしない。じくじくとした内面を語るための言葉になりはしない。そもそもそんなもの、ただの人間である臨也には測れない。


音楽に彩られる生活を、臨也はにこやかに思い描いてみる。取り扱いは馬鹿みたいに難解なのに、永遠性の脆弱さと、「保証書」が一枚きりなのはなんだか人間くさくて、だから臨也は楽しくなってしまうのだ。

背後で衣擦れの音がする。食い入るように新たな無機物のいのちを見つめる、同じいきもの。臨也が入っていけない領域。虚ろな17秒が過ぎた瞬間、それがゆっくりと瞼を開いた。