「傷は再生するんだよ、シズちゃん」

背後から飛んできた第一声に、静雄は肺をいっぱいに使って応えた。ため息もここまでいくと一種のパフォーマンスである。

「あれ、今日は話聞いてくれるの?」
「情けねぇこと言ってんじゃねぇよ。つか聞かねぇよ」
「いいフレーズだと思ったんだけどな。劇的でしょ?」

どのあたりがだ、と律儀に応じる義理はもちろん静雄にはなく、そのための時間も与えられなかった。いつかと同じ、仕事上がりの夜だ。左手にはコンビニの袋、右手には外したばかりのサングラス。ベストの胸ポケットにしまいながら、そっと嘆息する。

「また牛乳?あ、今回はプリンか。ほんと締まらないねシズちゃんって」
「今一番絞めたいのはテメェの首だがな」
「相変わらず物騒だね」

小道具ひとつに執着するのは、臨也の性分のようなものだと静雄は思っている。日常そのものがすでに浮世離れしているのに、何から何まで演出の支配下に置きたがる男。ただ単純に息をして歩いていただけの路地裏が、あっという間に不穏な空間に変化している。

「こないだあんだけボコボコにしたのによぉ……ノミ蟲並みの回復力ってか……」

両手をポケットに突っ込んだ臨也は、静雄から十分な距離をとったところで微笑んでいた。左足のかかとで二回、アスファルトを蹴る。細かな動作に無意識に視線を吸い寄せられながら、静雄もにやりと笑った。生温かい風が吹いている。もうすぐ雨になるかもしれない。

「それともあれか、怪我なんてすぐ治るぐらい進化したとか、か?」
「君がそれ言うとものすっごい皮肉、」

それともバケモノお得意の自虐かな。ナイフでも拳でもなく、ただの言葉それだけで、臨也は静雄に穴をあけていく。そこらの幽霊には持ちえない得物だ。見えそうで見えないからくりに、静雄はなんとなく気付いているのだけれど、改めてそこを暴く気はなかった。かけられた声は蹴り飛ばし、伸ばされた腕は叩き落とす。そういう風にやってきた。今までもこれからも、それは変わらない。
ただ。

「――俺が進化進化言ってたから感化されちゃった?」
「前向きにもほどがあるだろ!」
「俺に興味あるんでしょ、シズちゃんは」
「進化したかどうか確かめてやろうか、あァ?」
「言ったでしょ、傷は再生するんだよ」

現実味のない弾丸で静雄を撃ち抜くための、舞台の用意を。臨也は手を――新しい皮膚につるりと覆われたその手をひらひら振って、高らかに言った。

「何度でも傷は再生する。新しい傷、新しいとっかかりとして」

胸倉をつかんだらどこに放り投げようか。物騒だと評された脳みそでそんなことを考えつつ、静雄はもう走り出している。もう一度あの手を傷つけることが二人のとっかかりになるなら、自分は何度だってやるだろう。興味だと名付けた感情は、とっくに別のものになっているのだ。ほんの一瞬、走ることで上下にシェイクされるプリンが気になったが、満足そうにうなずいた臨也を見たらそれも吹っ飛んでしまった。食べるのはこちらからだ。甘さはきっと良い勝負だろう。