飽きているのだ。
「生命活動に?」
「別離の感覚に」
かつかつ、と手すりの上で爪を鳴らし、新羅は目を伏せて笑った。馬鹿なことだと思う。恥ずかしい言いまわしだと思う。だからといっていたたまれなくなるわけでもないし、矯正してやろうという気にもならない。他人の痛みは他人のものだ。
「つかず離れず、が信条だったんじゃないのかい」
「できれば近寄りたくないんだ」
「物理的に?精神的に?」
「どちらも」
「僕は心理学者じゃないし、カウンセリングにも興味はないよ」
「内面よりなまの肉体が好きなんだろ」
「『なま』の定義を。そうじゃないと肯定も否定もできない」
「定義づけできない要因を挙げようか?君の恋人」
「未来のね」
屋上は閑散としていて、沈み始めた夕日がぼんやりと溜まっている。沈まない夕日は存在しないだろうから、そこにある矛盾を、新羅はこっそりと考えた。沈まない夕日。溶けない雪。満たされない海。
「喋らないお喋り屋」
「は?」
「原因も解決策も自分の中にあるのに、それを滔々と述べられても僕にはどうすることもできないなあ。愚か者の痴れ言、」
「素直に愚痴って断定されたほうがマシだね」
「僕に愚痴を言ってどうするんだい」
「……」
かつかつ。見えないピアノを鳴らすように、爪を上下させる。夕暮れの屋上で二人きりとは、これまた寒気のするシチュエーションだ。新羅も愚か者も自分たちを俯瞰で観るのは得意だったから、将来今日のことを思い出してぞっとするのかもしれないね、と同時に嘲笑しあった。新羅の方はそこまで擦れてはいなかったのだけれど。
「近づきたくないって駄々をこねて、じゃあ近づかなければいいのにと言われたら別離が嫌だといって、離れられない原因を持っているくせに外部に置こうとしている。違う?」
「いいまとめだね。簡潔で」
「君は愚かだ」
途中から手すりから身を乗り出し、下を凝視していた愚か者は、断定されたことにも気付かない様子でひらりと手を振った。落ちたら死んでしまう程度の距離のところで、派手な頭の長身が立ち止まっている。黒々とした影が伸びて、その姿をくっきりと描き出していた。
「見てあの影。死神みたいだ」
「いっそ殺されてみればいいのに」
そうすれば悩みもなくなるよ。新羅の柔らかな託宣は、低い怒号にかき消されて消し飛んでしまう。
「残念だけど、俺はなまの肉体を失ったらもう存在できないんだよ」
「普通の人間だから?」
「君の恋人じゃないから」
今まさに屋上への階段を駆け上がって来ているのは化物で、唖然とする新羅に微笑みかけているのは愚か者だった。離れたい、離れたくない。人間でいたい、いたくない。泣きたくなるような頻度で、心にもないことばかりを繰り返している。
「終わらせるために殺しあっているのに、いつの間にかそれが永久機関になっているんだ。不思議だよね」
「……やっぱり愚かだよ」
「誰が愚かだって?」
ドアの方へ振り返り、両手を広げる。息を切らせた金髪の化物が、突き刺さる強さでその名を呼んだ。
『How many more will I fight away/Every time hoping it'd be the last time I'll have to say hello』―――♪NAMInoYUKUSAKI