天国は廃墟で出来ているのかもしれない。
前触れなく降ってきた声は平坦で、止める間もなく窓を開け放った男の手は白く骨ばっていた。何もかもを吹き飛ばそうとする風に揺らされて、整然と並んだ本棚が軋む。本が痛むからやめてほしいのに、図書室を城の一部みたいに扱う男には届かない。日常の裏側こそが庭と豪語するくせに、その身体はあくまでも昼の生きものを求めるから厄介でならない。毒にも薬にもならない位置を無意識に模索していたら、天国の話をいきなり振られる椅子に落ち着いてしまった。
聴き返すことも無視することもできずに、仕方なく隣に並ぶ。吹きつける風はまさしく嵐のそれだ。空は暗く、雲は厚く、腹の底がぐうと重くなる。遠くで雷が鳴っていた。情景を構成するのは感情ではなく言葉だ。身体に蓄積されたいくつもの、或いはいくつかの。
校庭の樹が激しく揺れ、耐えきれなかったらしい葉っぱが散り散りに飛んでいく。どれほど言葉を尽くしても、それを正確に伝えることは不可能だろう。自分たちの眼窩には二つずつ、同じようなかたちのカメラが埋まってはいるけれど、自分と男のそれでは、撮っているものが違いすぎる。現実感のなさをフィクションのようだと良く言うが、フィクションを作るために世界を視る目玉それこそがカメラで、またフィクションの作り手であることを、この男といると時々思い出す。歪みの無い現実はないし、非日常でない日常など存在しない。言葉は嘘だし、身体は幻だ。
天国は廃墟で出来ていて、実は楽園なんかじゃ全然ないのかもしれないよ、終末が美しかったことなんて滅多にないから。遠いのかそうでないのか分からない最後の場所を、男は小さく笑いながら揶揄する。相槌なのか議論なのか、求められているものを慎重に探ろうとして、とん、と胸を突かれた。幻の身体に突き刺さる人差し指。心臓の真上。小細工はいらないということらしい。言葉を積み重ねるのが好きなくせに、たまにこうして過程をすっ飛ばすからタチが悪い。
廃墟のイメージには同調できないことをやんわりと伝えたら、あたりまえだろうと笑われた。だって俺自身がそう思っていないもの。嘘ってことか?仮定の話だよ。言ってみただけ、こんな話ができるのは君だけだからね。俺は怒るのを忘れてその顔を凝視する。フィクションじみた破綻の無い白皙。吊り気味の眦がうっすらと赤い。俺のカメラは狂っているのだろうか。
だんだん近くなる雷鳴に肩を竦めたくせに、男は窓から身を乗り出した。雨脚が強くなっているのか、嵐の音がひっきりなしに鼓膜を叩く。風で前髪がばさばさと乱され、白い額が露わになっているのが微笑ましかった。こどものような男。雨粒をひとつだけ唇にのせて、薄暗くなり始めた部屋の中、浮かびあがるその笑み。……臨也。俺は膨大な言葉を捨てて、ようやく、唯一の音を囁いた。臨也。さっき突かれた心臓の痛みに息を呑む。嵐はもうそこまで来ている。