最近買い換えたばかりだというタッチパネル式の携帯端末を惜しげもなく放り投げて、金髪のブルーアイズはにこやかに両腕を広げる。抱きしめるのも絞め殺すのもお手の物だというパフォーマンスか、と意味もなく可愛げもない事を考えながら、俺はそこに入り込んだ。適度に肉のついた胴に手を回し、右足のひざで擦り上げる。あけすけな合図と酒のにおいたっぷりのため息で、シャツ越しに触れた男の腹がきゅうと締まった。肌の下の筋肉の、更にその下の内臓。消化される長い時間と血管に詰まっていく劣情。セックス好きの腰まわりを撫でて、そのまま手を背中に滑らせた。五本の指ひとつひとつの動きを、俺は冷静に計画している。我を忘れてしがみつく為の準備だ。

坊ちゃんお上品ね、と囁き声で笑うので、右手の人差指にぐいと力を込めて、爪を斜めにえぐりこませる。ゆるやかに波打つ下腹のそれが熱くなっていた。下世話の間違いじゃねェの。悪ぶってる紳士と紳士ぶってるアバズレは、本来同じ顔のはずなのさ。なぁ知ってるか、アバズレってのは本来、女に言うんだぜ。左手を再び腰まで滑り落とし、尻をつかむ。耳元にかかる息も熱い。自分のそれとは違う、ひどく柔らかな髪が幾筋か、首の後ろにはりついている。抱き合った状態ですることというのは実はそんなになくて、冷えたままの俺の胃は絶えず空腹を訴えていた。なんだよお上品ぶってないで、この男みたいに欲しがればいいのに、と自分の腹に語りかける。今じゃ何だって喰える時代だ、オーダーさえすれば、腕のひとつやふたつ、すぐに皿にのって運ばれてくるだろう。愛の形も数も宇宙のように膨張し続け、免罪符は発行過多で路地裏にバラまかれている。愛してるから食べてしまうの、そんなセンチメンタリズムが二束三文で売れていく時代は終わった。夜は闇ではないし薔薇は空中庭園の宝石ではない、それでも俺はありきたりな空腹感を体感しているし、腕の中の男はそこにわずかな恐れと失笑を抱いたままじっとしている。

かわいいアーティ、俺のアーサー、憎たらしく忌々しいグリーンアイズ、……嘘の名前を垂れ流しながら抱きしめてくるその身体。思考を彼方へ飛ばし続ける俺にしびれを切らしたのか、男が自らシーツに倒れ込んだ。俺を腹に座らせ、仰向けになってにやにやしている。投げられたままの携帯が2度光って、すぐに静かになった。お前みたいな下衆野郎にもかけてくる相手がいたんだな、と驚く俺に向かって、電話の主たりうる女の名前をいくつも挙げ始める。ジャクリーン?ああ、そいつなら、先週寝た。坊ちゃんは一度死ぬべきだ。死んでも腕はやらねぇぞ。そんなモノ、俺のグルメ精神に反するからいらないよ。発想がシンクロしている。つまり俺もこいつも、ありきたりな芝居から抜け出せていないということ。永遠の憧れを、ある種共犯者めいたうしろめたさで保持しているということ。

腕はいらないけれど、と愚かな優男は笑った。どうせならキスしてほしいな、そして良ければ、お兄さんをソコへ入らせて。寝ころんだまま器用に靴を脱ぎ、俺のバックルに手をかけてくる。美しいものを見降ろすのは気分がよかった。たとえその身体が隣国そのもので、俺の身体が俺自身以上のものであったとしても。がんじがらめだし、途方もなくフリーだしで、俺の頭はいつもショートしかかっている。坊ちゃんは俺のこと食べたくないの?馬鹿馬鹿しいその質問には、男の首にすがりつくことで応えた。喰い破るなら背中からがいい、お前の目玉は気に食わないんだ。見上げてくる両目は、物騒な申し出にも微笑んでいた。柔らかくしなる背骨の味を想像したら、なぜだか左目から涙が出た。





cord…電線/接続するための線
code…倫理規定