※マフィアパラレル
「嘆かわしいくらいに戌井はイヌだねえほんとに」
 
線の細いフルートグラスをゆらゆらさせながら臨也が突然言い放った。
「悪夢の月曜に俺はそれを確信したよ」
ねえ狗木ちゃん。話しかけられた本人は若干ぼんやりした目で部屋の隅を見つめている。
 
「嘆かわしい俺が言うのもなんだけど、銃声聞くと俺走り出したくなんのよ」
「イヌだね」
「反射だ」
「耳が大きいんだよ多分」
「空も飛ぶか」
……それ象だろ。たまらず口を挟むが、
「戌井は空も飛びたいワケ?重力に屈しないイヌ?うざいなあ」
あろうことか臨也にスルーされた。さっきからグラスの中身が凄い勢いで減っているが気のせいか。
 
「全くうざい。シズちゃんくらいうざい」
「どういう意味だ」
「だからなんでシズちゃんはすぐそうやって人に聞くかな。自分で考えないの?スッカラカンなの?」
狗木がそっと財布をチラつかせる。「違ぇ!」
「ほら怒鳴る。反射だねうざい」
「反射だ」
「イヌだうざい」
「臨也ぁ、おれは走り出してぇよ」
「ドッグランだねうざい」
「お前語尾が定型化してきてんぞ」
「つまりどういうことシズちゃん!」
 
ぐっ。臨也がグラスを、戌井が顔を突き出し、狗木は相変わらずぼやけた目で俺を見た。なんだこれ。なんだこの面倒くさいのは。
 
「……反射だろ」
一瞬の沈黙、……二人して笑い出すのだからやってられない。そもそも集まっているメンツからしておかしかった。本当はこれは、先の『悪夢の月曜日』に開催されていたはずのパーティーで、例によって前回の絞殺魔事件でひとつずつ階級をあげた俺達が、初めて得た『好きにできる店』で飲んだくれようというあまりに後ろ向きな提案モノだったのである。もちろん主催者は、この楽しそうなツラでグラスの中身を一気に煽ったクソ野郎。
「素晴らしい。実に素晴らしい。戌井を見ただけでうざいと言ってしまえる俺」
「テメェかよ」
「乱反射だ」
「乱射?マジで狗木ちゃんカッケー」
「……戌井も相当酔ってるな」
「俺は!」
七色の髪を揺らしながらソファからずり落ちた戌井が叫んだ。
「俺は酔っているということを自覚しているつまり!」
どうやら狗木に向かって叫んでいるらしいのだが、
「つまり俺は酔っ払いだ!ムービースターだ!ギャングスターだ!」
「いやお前マフィ」「イヌだねうざい」「乱反射だ」
狗木は無表情のまま乱反射だ、を繰り返している。部屋の隅を見つめたまま。怖ぇよなんか居るのかそこ。
 
「そうだよ俺はスターなんだよ。ナンバーワンでオンリーワンでドッグラン。わかる?」
「お前の髪の色がナンバーワンなのは分かった、酒零してるから拭け」
臨也が組んでいる足の先で戌井をドンと蹴った。
「舐めてー、頬ずりしてー」
「マジで俺皮靴とか初体験なんですけどー」
「革張りの床とかうざいね」
「今一番うぜぇのはテメェだ臨也!一人で何本飲む気だコラ」
「シズちゃんはほんとスッカラカンだねえ」
「……反乱か?」
「狗木!財布はしまってくれ!あと乱反射が反乱になってんぞ」
「いくら皮靴相手でもハラむとか最低だぜ静雄」「はァ!?」
 
戌井はとうとう床に横たわり、でも俺たとえ狗木ちゃんが皮でも頑張るから、とほほ笑んだ。新手のセクハラか。狗木は狗木で財布を開いてマシンガンを探している。残念ながら小銭入れに機関銃は入らねぇよ。
「……戌井。貴様にブチ込む鉛玉が無い」
「そんな日もあるって。俺ロードスターだから」それオープンカーの名前。
「そうだな。貴様はシューティングスターだ」
「俺カッケーな」
「今狗木のセリフのなかでお前死んだことになってるけど良いのか戌井」
「死んでも輝きは消えない、それが隼人クオリティ」
 
「つまり戌井は天体の燃えカスになりたいんだよ」
ケラケラ笑って臨也が口を挟む。呆れて顔を向ければ、なんだか妖しげなもの(凄く言いたか無いが例えば色気とか)に潤んだ瞳とバッチリ目が合ってしまった。にんまりと唇の端が吊り上っている。
「では俺は何になりたいでしょうか」「知るか」
「……そうやっていつも俺の話を聞かないシズちゃんは俺に対する反射で出来ている。OK?」
酒臭いのは好きじゃないし何で俺だけこんなにシラフなんだクソと思いはしたが、ほとんどゼロ距離でふふっと笑われては、嫌悪感より生理的な快感の方が僅かに勝って脳を塗りつぶした。
 
「学習と経験の基本過程。後天的に刻み込まれる条件への服従。シズちゃんはまるで、――『モロゾフのイヌ』だ」
 
ぬるり。生温かい舌が唇を這ったのと、……臨也が寝オチに入ったのはほぼ同時だった。
「……モロゾフはチョコレートだな」
 
今週はやけにこんな煽られ方をされている気がする。俺は静かになったクソ野郎をソファに転がし、天井を見上げて溜息をついた。この騒動だって、カタがついたのはほんの3日前の木曜のことなのだ。
 
 
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「日照権の侵害だよ」
 
視界が陰ったので、顔も上げずに影の造り主を蹴り飛ばした。両脇に本を抱えた派手な男は笑いながら身を捻る。あぶねー!などと言いながら足もとに本の山を作っている。どうやら本格的に座り込むらしい戌井に、今度ははっきりと眉をしかめた。
「臨也、何か飲む?
「昼間から?」
「ギムレット開けるとか」
「オン・ザ・ロックで」
「誰がシェーカー振るっつったよ」
そういうのは黄色いのに言えば。言外に零された揶揄を鼻で笑う。俺は朝からずっと取り組んでいた本を置き、ソファに転がって伸びをした。読んだ内容を反芻、使えそうなところだけ意識して覚えこむ。仕事は基本的にデジタルだが、直に触れて身体に貯めるならアナログ媒体の方が楽だ。思い出すのが簡単になる。
 
「何読んでんの」グラス2つ、鷲掴みにして歩いてきた戌井がまた影を造る。うまく日の光が入るようにソファを置いた俺の企みを簡単に砕くイヌ。
「イヌのしつけ方について」
「どう見ても解剖図載ってるけど!?」
「言うこと聞かないペットはバラせってこと」
「キスの下手な飼い主向けか?」
「前戯の長いヘタクソへの餞かな」
「知ってるか、キザって気に障るって書くんだぜ」
「ようやく自覚が出てきたね、牙より弁の立つイヌなんてさいあ―――」
 
喧嘩を売るように突き込まれた舌と、一瞬後に喉を焼いた味に声が漏れた。俺をのぞき込む姿勢の戌井は、それ故に少し苦笑している。上下逆様の、鼻が邪魔で歯がぶつかって酒がしたたる、―――酷く不格好な、真剣さを以て。
 
「っは、マーローも驚きだな」
「じゃあ『長いお別れ』だね戌井、」
「俺は振らなかっただろ」だからこれはジンライム。
左右色の違う瞳に歪んで映る自分が見えて、俺は飲みきれなかった酒を拭いながら噴き出した。
「ヤキモチ焼いてんの?」
「何で」
「シェーカーあいつに振らせろだのマーローだの、そんなに俺達が、」
憮然とした顔を首筋に埋めてくる戌井に笑いが止まらなくなる。鎖骨を舐められて身体がひくりと跳ねた。
「戌井」
拗ねたように歯を立ててくるのだから面白くって仕方無い。「戌井、」
逆様でどこまでやる気だろう、ぼんやり思っていたら、シャツの中を進むのを諦めた手が顎のあたりに戻ってきた。ゆるく曲げた人差し指で滑るように撫でられる、まるで猫を扱う様に。
 
「なんだろコレ、すげぇ背徳感」
「誰に何を捧げたわけでも無いのに?」
「狗木ちゃんに貞操あげてる」
「馬鹿じゃないの」
「あの黄色いのよりは勝ってると思うんだけど、」
「色数的に?」
「どうよ?」
「ためしてみる?」
ただれた赤と凍てついた青を細めて、戌井は俺の口を塞ごうと身をかがめ―――
 
「……貴様」
 
そのまま固まった。
 
「やあ早かったね。首尾はどう?」
「11人どころか、部屋の中に20人くらいいたぞテメェ」
あとはどうにかしろ死ね、と言いながら、部屋の入口で固まっていた狗木の後ろから現れた静雄が血に染まったファイルとディスクを投げてきた。当然俺の上で凍っている戌井に綺麗にヒットする。
「狗木ちゃんもお疲れ。お茶いれる?」
「……帰る」
「違っこれはだな、狗木ちゃん、」
来たときの異常な静けさから一変、勢いよく閉められたドアに向かって戌井は吠えた。
「狗木ちゃーーーん!!」
 
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らつくモノが舌の上を転がり、右奥を荒らして反対側へ。歯の裏をじっとりとなぞってそのまま口内に留まる。別に熱烈なキスでも何でもない。静雄が口の中でキャンディを持て余している、それだけだった。甘ったるいが吐き出す気にもなれないのは、いつもの煙草を取り上げられているせいだろう。視界の端でピコピコ動く白い棒の先をじっと見つめる。望んだ苦味も紫煙も現れず、静雄は30回目の溜息をついた。
 
(……どうかしている)
 
溜息と同じ回数、隣にいる男を不思議に思ったのは内緒だ。恐ろしいほど喋らない。いつもの「仕事上の」相方がどれだけ喋りなのか、今になって気づく。
 
「……来た」
子供のように少しだけ口を開けた男から漂った匂いに静雄は目を細めた。狙撃用のスコープを覗いた狗木が10人目、と呟く。頷きながら、狗木が元の姿勢にもどるのを待って口を開いた。
「何味、」
「……コレが?」
「なんかフルーツ臭ぇから」
狗木は少し顔をしかめて口をもごもごさせていたが、やがて諦めたらしく舌を突き出した。
「……虹色?」
尖った肩がぴくりと跳ねる。
「ミックスらしい」
「ミックス、」
「ごちゃごちゃして不味い。平和島のは紅茶だろう」
「分かるのか」
「30回もあれば」
「数えんなよ」
 
二人はビルの屋上にいた。狗木の黒髪が風になびく。感情の起伏が小さいのかと思いきや案外激昂もするし、今だってキャンディに(その七色について思いあたらないわけではなかったが)眉をしかめたままである。子供みたいなやつ、と静雄はちょっと笑った。
 
(あのクソ鬼畜とは大違いだ)
静雄のポケットに入っていたキャンディの出所を、今ならはっきり説明できる。ぶん殴ろうと振り上げた腕を気味が悪い程の柔らかさで流されて、腹立たしいくらい器用にねじこまれた舌に対応したあの瞬間だ。臨也の手が腰のあたりに下がっていたのに気づいて頭をはたいたが――――ご丁寧に左右のポケットにひとつずつ。厭でも誰かを喚起させられるカラフルさ、その先を想ってしまう抑えた甘さ。計算ずくで吐き気がする。商売女にだってああも周到なのはいるかどうか。
 
「11人全員入った。行くぞ」
スコープを覗いていた狗木が立ちあがった。
「ブチのめせばいいんだな」
「……ついでに経営資料とか持ってきて、と言ってたが」
「……あァ?」
「現金は丸ごと置いてきていいらしい。小金に興味がないという威圧と、資料一つで店を潰せるというアピールだろう」
「ツブせるって、」
「出来るんだろう。本人がそう言うんだから」
狗木はほんの少し―――本当に少し笑って、静雄を見た。
「平和島、折原が嫌いだろう」
「あんたも戌井が嫌いだろ」
「嫌い」
「……ほら」
 
何がほら、なのかよく分からなかったが、静雄も首のボータイをむしり取りながら立ち上がる。どう考えても一昨日、店の出際にあったひと悶着がキャンディが入り込むチャンスだった。
「あのとき、……」
あいつマジ殺してやろうかな。勢いに任せて噛み砕いたキャンディが死ぬ直前に吐き出した甘さに苦々しい顔をして、静雄は部屋に残してきた悪魔にちらりと思いを馳せた。
 
 
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「寝てんじゃねぇよコラ、おい」
 
何度か腹をへこませるうちに胃液しか吐かなくなった。喉を焼くそれにのたうつ人間を見下ろす。純粋な怒りと微かな疲労、あるいはささやかな罪悪感か。内臓を陥没させられて死ぬのと雇い主の名を吐いて死ぬのではどっちが楽なのだろう。もし俺がひとりで捕まったら、ムショに向かう車の中で臨也の名前を言うつもりだ。最速の自白。
 
「飽きた、」
 
俺の後ろでふんぞり返っていた臨也が言った。自分で捕まえたくせに興味の失せた顔で傍観を決め込んでいる。まるで猫だ。気色悪い。
「……何やってんだ」
「爪切り。シズちゃん怒るからさあ」
「俺に仕事させといて、」
「たかが数発殴ったくらいで仕事もクソもないよ。胃の中カラになったんだからそろそろ言葉吐いてもらわないと」
まるで無関心、というポーズが一番効くことをこの男は知っている。左手の爪を切り終え、眠たそうに伸びをした。昔、道路で血まみれの猫を拾ったのを思い出して失笑する。呆れたことに殺人現場から出てきたらしいその猫は、固まるどころか月光を受けて艶めく赤色をまとっていた。おぞましさを綺麗だと思った俺は大概イカれている。
 
「言えよ。誰に言われて来たんだテメェ」みぞおちに一発。
「黙ってちゃ分かんねえだろ、吐けって」
身体をくの字に曲げてのたうつ男は、それはそれは不快なもので、正直言ってもう触りたいモンでもなかった。怒りにまかせて喧嘩するのとは違う。変に醒めた冷たい手で、頭を使いながら殴るのは―――――殴るのは。
 
「つまらない?」
音もなく隣にきてしゃがんだ臨也がぽつりと言って、上目遣いで俺を見た。
「まあ俺ももう飽きちゃったからね。紙みたいにペラッペラな忠誠心を至上の宝みたいにしてさ、あんたのボスにどれだけの魅力があるの。なんのメリットがあるの。あそこまで徹底して荒らすならもっとタイミングってものがあるじゃんか。あーほんと世の中敵だらけだよ、俺は世に尽くしてるのに酷い仕打ちだよ全く。ねえシズちゃん?」
「尽くしてねえだろ」
「じゃあシズちゃんに尽くすー」
「……やりたいだけだろお前」
「君の八割は野生のカンで出来てるのかな」
 
バチン!すさまじい悲鳴と肉の切れる音が臨也の手元から。しゃがみこんでいるので横顔すら見えないが、俺には奴のつむじを通して、凍りついたまま更に冷えていく微笑がみえた。のけぞる男が組織の名前を口走る。
「遅い」
何かにぬらつく爪切りを投げ捨てて臨也は立ち上がり、ドアをあけた。待機していた人間に二言、三言囁いて。ついに失神した男は抱えられて出て行った。爪切りも消えていた。ついでに床の汚れも。早業。
 
「……寄るなうっとーしい」
流石に疲れてソファに寝転んだ、のがまずかった。馬乗りになってきた臨也は口を尖らしている。どうやら酷く機嫌が悪いらしい。この男が声を荒げて怒るところを見たことはないが、子供のように眉間にしわを寄せるのはよくある事だ。根本的に自己中でワガママでサドで、自分の望みを遂行するだけの実力があるのだから手におえない。
「臨也」
首を絞めてやろうと伸ばした腕が僅かにブレて、耳の横の髪をぐしゃりと掴んだ。
「なに、ご機嫌取り?」
「……髪全部抜いてやろうかと思って」
「絞殺狙ったんじゃないの?ほら、」
ついさっき男にあんな悲鳴を上げさせたとはとても思えない手が、俺の手首をつかんで小さく動かす。
 
「俺の、首は、ここだよ」
 
本気で怒っているらしい、唇に歯を立てながら俺はもう一度失笑した。すべての始まりは、あの悪夢の月曜日。
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「Knock'n on the heavens door,」

バララララ、戌井が撃つと繋がって聞こえる銃声が曲の出だしを打ち消した。

「……but you know his name,don't you?」
「I'm」
「馬鹿じゃないの」

足元に転がってくる薬莢を蹴飛ばす。その足を軽く曲げてひざを突き込めば、素手で向かって来ていたスーツが呻いて腰を折った。足払い、くずおれるのに合わせてナイフを滑らせる。ピッ、と頬に生温かい感触が走った。実践は嫌いじゃないが、どうも楽しくない。――さっきまで凄く楽しかったのに。

「臨也ぁ」
「なに」
「怒ってんの」
「うん」

間抜けな戌井の問いに、どさくさで戌井を撃とうとしていた狗木が慌てて射線を変えた。ついでに、返事をした俺の横顔を見てシズちゃんが小さく舌打ちをひとつ。コンビ間の不仲?上手くいった瞬間に破滅する組み合わせもあるってものだよ。

「折原。残すのはアレでいいか」

狗木が油断なく構えた銃の先、肩を撃ち抜かれた男が呻いている。三下でも幹部でもなさそうな血まみれの顔。鷹揚に頷く。男は正確に足を撃たれ、死なないように口にタオルを詰められた。

「戌井、テーブルまで撃ちぬいてるんだけど」
「久々なんだよこの型」
「せっかく新しいの入れたのに。あーもうこの椅子だって新品だよ!」
「それ壊したの俺だぞ」
「シズちゃん!!」

   床一面を染める粉々のガラスがいっそ清々しい。果敢にも素手で向かってきた二人を殴り飛ばし、シズちゃんはにやりと笑った。

「珍しくキレてんじゃねぇか」

俺はそこにあったフォークをなげつけ、

「気に入らないね。帝人くんとこのザコに汚されたから全部改装して、新しい酒と食器入れて、さあ夜通し遊ぼうかってときに殴りこみ?しかも深夜に?失礼にもほどがあるんじゃないの」

床に転がっているのは数十人といったところ。泥棒然として椅子の足を折る男を発見した時は流石に躰が冷えた。気がついた時には、夜中にも関わらずマシンガンをぶっ放す七色が見えたわけだけれど。

「臨也、これどうすんだよ」
「冷水かけて外に転がしとけば?氷漬けにしてシェイクして飲んでやる」
「大人げねえな」
「面白くない、ほんと面白くない」

いつもなら真っ先にブチ切れるシズちゃんと笑ってそれをなだめる俺、という構図が出来るのに、今回は妙に気の長い金髪に苛立った。殴り倒した男をまたいで平然を酒をあおりにきたシズちゃんの背に、手元に残っていたフォークを軽く突き刺す。

「いてぇ」
「痛いわけないじゃん」
「お前な、」
「寝起きはテンション低いってなにそれどんなキャラ?どこ狙ってんのシズちゃん」
「はぁ?」

ぷすぷすぷす。当然傷ひとつつかない。

「俺は傷だらけだよ気分的に」
「アホか」
「くたばれ」
「テメェが死ね」
「シズちゃんが死ね」

聞くとはなしに聞いていた残りの二人が少し笑ったのが分かって、俺は嘆息しながら壁のカレンダーにフォークを突き刺した。

「アンハッピーマンデーは今日限り。日曜までに叩き潰すよ」
「……よし、ぶっ殺す」
なんだやっぱり怒ってたんじゃん。皮肉気につり上がった唇に不意にキスしたくなった。