・今回の「ら」行は、鏡音リンの『炉.心.融.解.』という曲をベースにした連作です

・歌詞の解釈は多々あると思いますが、あくまで「歌詞をベースにしたうちの静臨」という解釈で書いていますのでそのへんご了承ください。

・出来れば一度曲を聴くか、歌詞に目を通してからご覧いただければと思います。とりあえず歌詞→http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/3438.html

・未視聴・未読でも差支えは無いです。が、個人的にこの曲大好きなので皆聴くといいよ^^という宣伝(…)でございます。

・拍手お礼にもかかわらず、多少のグロを含みます。まあヌルいです。いつもどおり。

・静臨というか臨←静っぽい。臨が酷い。外道。これもいつもd(ry

・個人的には結構ラブラブENDじゃないかと思うんだがどうだろう(物凄く不安

 

長くなりましたが、原曲と拍手を下さった皆様に多大なる感謝を。

 

 

 

 

 

 


闘とも喧嘩とも違う、どちらかといえば一方的な打撃の繰り返しを終えて、妙に浮ついた疲労感と共に帰宅した頃には、とうに午前二時を回っていた。街はまだ明るい。眠らない街というのはテレビの常套句だ。実際のところ眠れない、の間違いではないかと思っている。皆眠るのが怖いのだ。そうに決まっている。


家族はとっくに寝静まっていて、足を踏み入れた台所も当然ながら真っ暗だった。カチカチ、と何度かスイッチを連打して蛍光灯をつける。ぼんやりと白くなった狭い部屋、テーブルの上に、誰かが飲んだ後のコップがぽつんと置いてあった。風呂上りか、寝る直前か。底に僅かに残った水が濁っているように見えた。厭になる。厭になるってもんだ、全く。口の中が粘つく。胃も焼けそうに痛い。水切り台から別のコップを取って水を汲む。蛇口をひねる自分の指は、血色が悪くて細長かった。


たとえば今日、臨也が死んでいたかもしれないことについて考える。


俺の十本の指で臨也の首を包んで、小鳥を抱きしめるみたいに圧迫する。午後三時ぐらいが良い。街の、ビルとビルの間、細い隙間で。右手の親指を顎の下のくぼみに入れ、その上に左手の親指を添えよう。その瞬間だけは、俺の二本の親指が、臨也の命を握っていると言っても良いだろう。きっと通行人たちは俺達に気づいた様子も無く、淡々と通り過ぎていくだけだ。カップルが抱き合っているようにでも見えるかもしれない。人目につかないところで、零距離でやることなんて、殺し合いかキスの二択しかないのだろう。眠るのが怖い街は、昼間に起こる全てを白昼夢にして笑い飛ばす。臨也はいつもどおりの胸糞悪い笑顔で、どうでもいいことを囁くに決まっている。そしてだんたん動かなくなって、それで、それで。


誕生日のケーキみたいに甘ったるい陽だまりの中で、とまる、からだ。

 

やろうと思えばいつだって出来る、と思うことは、俺がいまだ臨也を路地裏に引きずりこまないことへの言い訳なのかもしれない。ひたすらに消滅を望んでいる、それと同じくらい、現状維持をしようとしているこの矛盾への。どうすれば良い、どうすればいい?

飲み干した水は温かった。いっそ消えてなくなっちまえ、俺もお前も。

 

 

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由を造ることにばかり長けている。

夜中まで殴り合っていた(俺は手は出しちゃいないけど)のが悪かったのだろう、今日一日が予想以上に長くて厭になった。出来の悪い映画のようだ。終わる気配が見えないというのは苦しい。持続と惰性は紙一重というやつ。思い当たる節が多すぎる。

(たとえば昨夜の平和島静雄とか?)

放課後の教室には誰もいない。だんだんと翳る部屋の隅、夕闇がわだかまって暗く変色していた。暗転、暗転。沈むように暗くなる部屋から逃げ出そうとするみたいに、窓ガラスにもたれかかって両手を伸ばした。まるで雨が降っているか確認するような動きだけれど、残念ながら降ってくるのは夕日と憂鬱ばかり。

(彼が殴る。俺が喋る。彼が、)


夜の街でばったり会っただけだ。ただの偶然。それに意味を持たせたのは彼の拳で、それを理由にしたのは俺の口だ。嫌いだよシズちゃん、大嫌いだ、死ねばいい、彼に届かないこの腕のかわりに、彼の首を絞めた。出来るものなら一発殴って、その勢いで絞めるくらいのことはしたいのだけれど。

(それができればどんなに、ねえ)

もし俺が彼と同等の身体と力を持っていたとする。俺の拳は彼の犬歯に当たるだろう。きっと切れて血が出る。彼も口の端を切るぐらいはするだろう。場所はどこがいいかな、もういっそこの教室でもいい。夕暮れはムードがありすぎるから、背徳的に温かな春の日なんかがいいだろうね。午後三時、誰もが眠たくなる素敵な窓際で。風に膨らんだカーテンに隠れるようにして、ふたりだけの秘密。俺みたく饒舌じゃない彼は、少ない語彙を必死に掬って囁いてそれで、それで。

 


誕生日のケーキみたいに甘ったるい陽だまりの中で、とまる、からだ。

 


「……なんてね」


お互いの考えていることなど分かるべくもないから、これはただの夢想、趣味の悪い自慰みたいなものだ。厭になる、厭になる、こればっかり。初めから無かったことにすれば良いのだろうか。彼に会う前まで戻って?昔みたいに眠れるように?

伸ばした両腕が、先の方から少しずつ夜の色に浸っていく。シズちゃんは本気で俺を殺したいのかな。ふとそんなことを思った。

 

 

 

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ールは破るためにあるんじゃないよ、若者諸君。背を向けたテレビから聞こえていた雑音は、その言葉だけをクリアに俺の耳に貼りつけた。何言ってんだ、おっさん?うっかり振り向いてしまった俺は、ブラウン管に顔を寄せつつ無意識に時計を確認する。

午前二時。今日も今日とて、臨也とやりあったあとだ。

「ルールはね、遵守するためにあるんですよ。遵守、分かる?絶対に守る、ってことね。最近の若者のことは分からないね、全く分からない。彼らはどうもそのへんをね、履き違えてるんだよね、」

ね、の多い男だ。勿体ぶった話し方がいちいち癇に障る。その理由を考える前に、たいして優秀でもない俺の脳はとっくに答えをはじき出していた。本能、無意識、なんにせよ怖ぇ話。

「履き違えてんのはどっちだよクソが」

分かった気になって喋ってんじゃねぇよ。若者どころか、てめぇ自身が身を置いている世界のことだって分かっちゃいないだろうに。

「……殴り合ったって分かんねぇのに、上から見て適当喋ってるだけの奴が理解できっかよ」


臨也はすぐに俺を嫌いだという。死ねばいいとも言うし、殺してあげようかなんて大層なことも言う。ならさっさとやれば良いと思うのは、俺の内側、一番冷えた部分の俺だ。嫌いで顔も見たくない人間と同じ次元で生きていく方法、赤ん坊でも分かりそうなルールを、あいつは簡単に破ってしまう。ならば俺がそれを守ればいいのだが、また同じように俺も破ってしまうのだから救えない。

「本気で俺を殺したいのかよ、クソ臨也」

耳障りなトークに混じって、無駄に爽やかな笑い声が耳の中をぐるぐる回っている。ああもう、さっさと死ねばいいのに。理解できないってのは苦しい、惰性で殺し合ってる現状みたいに。

 

断ち切るようにテレビを消しても、耳鳴りはずっと止まなかった。

 

 

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日連夜、クラスメイトと街でいけないことをしています。こう言うとセックスかドラッグか援交かと喜んでメディアが飛びつきそうだが、なんのことはない、シズちゃんとやりあってるだけだ。電車の吊り広告にもなりそうにない。せいぜい新羅が呆れた顔で笑う程度だろう。


シズちゃんはすぐに俺を嫌いだという。死ねクソとも言うし、ぶっ殺すなんてのは常套句だ。ならさっさとやれば良いのにと思うのは、俺の半分、表面でにこにこしている俺の裏側だ。俺から見れば彼の方がよっぽど屈折している。俺と同じ次元で生きていかざるをえないんだから、もっと簡単な方法で生きていけばいいのにね。突き出される剛速の拳を避けているその裏で、冷めきっている俺はいつも彼を嗤っているのだ。難儀なことだね、と。


今夜もまた路上でやりあって、いつも通りに死ねと殺すの応酬をした。得られたものは僅かな爽快感と馬鹿げた疲労感、それから不思議と諦念。不条理。退屈。シズちゃん、本気で俺を殺したい?イエスでもノーでも良かったが、答えがあるという時点で俺達は相当歪んでいる。


本当に厭で厭で仕方ない相手なんて、そもそも視界に入れないだろう?


「なぁんか、不毛だよね、ほんと」

思わず口に出して笑うと、変につっかえて少しだけむせた。彼のいない世界はさぞ静かだろうに!自分の咳が部屋の広さに拡散していくのを見届けて、その静寂にまた彼の名前を思い出した。

 

 

 

 

 

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「ろくでなし」
「知ってるよ」
「よくそんなこと言えるな」
「なんでシズちゃんにそこまで言われなきゃいけないのさ」
「最低だからだろ、テメェが」
「ガキみたいに必死こいてるのはそっちじゃない」
「今なんつった、あぁ?」
「アンパンマン。はい、しりとりは終了です」
「は!?」
「あれ、偶然だったの?なんだ、ちょっとおもしろかったのに」


そう言うと臨也は屈託なく笑って、死ねばいいのにと自然に零した。聞き飽きたそれは、俺の「ぶっ殺す」と同じくらい軽くて薄っぺらな本意だ。このところずっと考えていたこと、それの象徴だ。

「ねえシズちゃん」
「……ンだよ」
「シズちゃんはさ、本気で」
「それ、」

俺も思ってた。繰り出した右手が黒髪を擦って、ビルの壁面にのめり込む。

「……シズちゃんも?なにそれ」
「俺が聞きてぇよ」
「やだよ、俺に聞かせてよ」
「なんでだよ、俺のが絶対真剣に思ってた」

追い詰められているはずなのに妙に余裕がある。俺と壁の板挟みにされた臨也は、ふっと息を吐くと、

「―――――?」

何を思ったか右手のナイフを折りたたんで収納した。諦めたんなら潔く投げ捨てろよ。誰が何だって?違うのか。あたりまえでしょ。

 

「シズちゃん、本気で俺を殺したい?」

 


ぎち。花束を持つように首にかかった臨也の手は、ひんやりと俺の神経を撫でる。

「……夜中じゃ味気無ぇよ」

どうせなら昼にしろ、暖かい部屋で殺してやる。一瞬驚いたように丸くなった臨也の瞳がなんだかおかしくて、狭くなる気道を感じながら嗤ってやった。狭い路地じゃ、殺し合う以外にすることはひとつしかないのだ。せいぜい厭がれば良い。俺がいなくなれば、お前の世界はさぞ素晴らしいものだろうに!吐きそうな顔で舌を出したから、酸素を求めて噛みついた。