※マフィアパラレル
「対等?」

情けないことに、その一言だけで俺の背筋は凍りついた。

「それは、―――可愛いカン違いですね」

決して安くは無いであろう、応接用の白皮のソファからその男は浮き上がって見える。鮮やかな純白を喰らう深淵の黒。暗黒の笑み。
「しかしウサギは常に狩られる側なんですよ」
「は?」
「可愛いから許される、可愛いものは生き残る、なんてことはあり得ない」
ちらりと背後を見て微笑む男。いやいやいや、あんたの後ろの奴はどう見たって‘カワイイ’部類じゃない。
「ええと、つまり―――」
「大きなカン違いということです」
死ぬに十分値する類のね、と黒い男の言葉は続いた。俺の手はすでに汗だくである。なんだろう、何を試されているのだろう。正面の男の、更に後ろに佇む金髪が怖くて仕方ない。泣けてくる。

「私が―――いや、俺が所属する側と、貴方がコキ使われている組織は、普通に考えて同じ天秤に乗ってるわけじゃない。分かる?釣り合わないんじゃなくて、比較行動そのものがナンセンスなんだよ」
男は薄い唇の端をつりあげた。急に変わった口調についていけず、ただ黙って生唾を飲む。儀礼的な空気は一瞬にして色を変えた。笑顔ひとつで世界が変わる。平和には―――程遠い色に。

「あんたのところと手を組むつもりは全く無いね。望みを追って生きる人間は素晴らしいけど、理論的に不可能な夢を追う努力はただの徒労だよ。うちと対等なだけの力がある?思い上がりもいいとこじゃない?あんたの上司と何人か話したけど、どいつもこいつもトロくていけない。話し甲斐があったのはトップくらいかな。まあそれでも、あんたを交渉に寄越すんだからまだまだ甘いよね。そうでなくとも他との交渉や刺殺魔なんかでモメてるこの時期に交渉するんだ、俺なら少なくともあんたは選ばない」
「――――ッ!」
男の言葉が終わらぬうちに、俺はベレッタを懐から引き抜いて相手の額に突き当てていた。艶のある黒髪を揺らして止まる。僅か数秒の感情の爆発。苛々する。――――なんて苛々する男だ。
「それ以上喋ると敵対ととるが」
「敵対?は、本当に言葉を知らない交渉役だね。こういうのは侮辱っていうん」「黙れ!」
俺は引き金にかけた指を張らせた。背を伸ばし、息を細く吐く。いつでも殺せる状況を、作る。
「俺が黙ったら話進まないじゃない」
「俺が喋る。あんたはうちと手を組むことに了承すればいいんだ。喋るな」
「自分のトップを舐めてない?嘘報告はPlease kill me のサインだよ」

引っ込まない薄笑いに吐き気がする。反吐がでるほど整った微笑をぐちゃぐちゃにしたくなった。

「あんたの組織とうちの違いはなんだと思う?」
「……黙れと言っている」
「クイズのひとつくらい見逃してよね。さあ違いは何だ。基本的な兵隊の力量は多分同じ。トップ個人の力量はこの際引いておこう。うちはトップ不明、で売ってるしさ」
額に銃口を向けられた状態で、男は優雅に笑って指を組んだ。
「3,2,1,はいオーバー。うちにはプラスアルファがいるんだよ。あんた達には絶対に手に入らないカード――――俺と、」

「――――っぎ……!?」
視界を何かが横切ったのは数瞬だった。ボキャ、と嫌な音がして激痛が―――あ、ああああああ、

「うるせぇ。早く終わらせろ」

音も無くソファを飛び越えた金髪が俺の指を―――いや、手をまるごと握り潰していた。ベレッタが音を立てて落ちる。パタタ、と床を濡を走る鮮血と脂汗。皮膚を裂いて白い骨が突き出ている。知覚した瞬間に跳ね上がる激痛に身を捩るが、鋼のような細腕はびくともしない。
「ッが、あが、離せっ!」「話せ?わーいシズちゃん、お許しが出たよ」
金髪は呆れきった顔を男にむけた。
「こんなクソに時間かけてんじゃねえよ。大体誰がウサギ側だって?」
「誰もシズちゃんが可愛いとか言ってないよ。鏡見る?はい」
「出すな!割るぞコラ」
「魔女が破片ごとに増殖したらどうすんのさ」
「なんで呪いの鏡持ってんだよ」
「キスしてくれたら毒リンゴぐらい余裕で吐き出せるね」
「……俺の顔面へ向けてだろ」
「Absolutely!」
 

俺の躯は足蹴ひとつで簡単に後ろに飛んだ。僅かな予備動作の後、黒髪が腹を蹴り飛ばしたのだ。折れたほうの手から転がって、目の端に火花が散る。胃の中身が逆流する。
「――――ッ」
男は俺の上にまたがった。薄氷の笑みが近づく。
「這って帰ってトップに伝えたらいい。『その程度では話にならない』ってね」
息がかかるほど近く、凍えるような声音と脳を灼く余裕のある低音。殺される。殺される。

これが有名な、最悪の新入り組―――――



「……あれ、気絶しちゃった」
「テメーの顔がキモかったんだろ。近ぇよ」
「妬いてんの?」
「手ぇ出せ。砕いて殺してやる」
「なんでお揃いなのさー。不条理」
「不条……理といや、なんで鏡持ってる女王が毒リンゴ吐くんだよ」
「……シズちゃんやっぱウサギ側」「はァ!?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

戯え。耳慣れない単語に新羅は手を止めて顔を上げた。無表情で医学書を読んでいた臨也の、また動かなくなった横顔に声をかける。

「……ちそばえ?」
「弁慶は血の出づればいとど血戯えして、人をも人とも思はず―――」
「……義経記?」
「うわ、ナメてたかな」
「適当だよ。で、何ソレ」

赤いものがべったりとついた、手術用の手袋を内側に丸めて捨てる。器具もまとめてゴミ箱に放り込んだ。どうせ後は新羅の知らない人間が始末してくれる。お気に入りのメスだけは丁寧に拭いて殺菌用のトレイに救出する。
「闘牛に出る牛みたいな」
「ああ、血を見て興奮する人ね」
「闇医者は弁慶になれる?」
「心酔する義経が死体でもいいんなら」
念入りに石鹸で洗った手で、そのまま臨也の頭を掻き混ぜた。触るな変態、と手のひらで制される。
「ネクロフィリア?」
「精神病かも。というか俺違うよ」
「自覚が無いのが怖いところ」
「違うって」

サイドテーブルに置いてあったコーヒーのカップを両手で包み、新羅は苦笑した。流石に手術室で飲食する趣味は無かったが、死体の冷たさに慣れきった指は僅かな熱で簡単に生き返る。即物的だ。目の前の、うつむいた首筋に噛み付きたいと思う衝動も一瞬だった。そういう凶暴性を新羅は冷めて理解していた。人間はどう足掻いたって動物だ、と。
「摘出した弾、その袋の中ね。一応入院させるよ。VIP扱いで」
「二部屋しか無いのに何がVIPなんだか」
「無菌だし綺麗だし、ご飯出るしすごい部屋なの。セルティが掃除してるから完璧」
「手はどう?」
「にこやかにスルーするね君。手はねえ、大変だった。非常に大変だった。どうせ静雄の仕業でしょ」
「あのバカ粉々にしたからなあ」
「なんであのバカと組んでるの」
「さあ」
 

臨也が笑ったので新羅も流した。追求ほど面倒なことも無い。それ自体も、それが引き起こす結果についても、それは新羅の趣味では無かった。案外自分は趣味人なのかも、と可笑しくなる。臨也は勝手にコーヒーを奪って飲み干し、そ知らぬ顔で医学書を脇に抱えて席を立った。時計が夕方を指して歌う。
「あー疲れた。午前に一人、午後に一人。キタナイ世界もあったものだね」
「キタナイものを切った感想は?」
「僕に正気をくれてありがとう神様」

臨也はにっこり笑って首を傾けた。
「自分が正気だって確証は?」
「……」
「現実と非日常の境界は?理性と欲望の存在比は?理詰めの暴力はありえない。だからキタナイ世界でぼんやり生きていられる。俺はね、新羅。シズちゃんが嫌いでたまらない」
「……そういうとこ、凄く好き」
「ヤブじゃなくて闇な新羅も、ね」
「どこにかかる『も』だよ」
「さあ」
先延ばしは黙秘の合図。今のポジションにつく前の互いを知っているからこその、踏み込まない一線。刺殺魔探しで忙しいから帰るね、と結局本を持ったま玄関に向かう旧友を、新羅は笑顔で罵倒した。歪んでいるのはお互い様だ。もう医者は主役では無かった。大嘘つきが軸に――なる。
 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まらない、味気ない、うんざりだ。頭の中で回り続ける不満を、目の前の脂ぎった中年のアゴにぶちあてる。スーツ着て覆面するな鬱陶しい。空を切って飛んだ巨体に見向きもせず、振り向きざま左腕を伸ばす。下から抉るように突き出した拳は相手の肋骨を砕いた。鳴り続ける携帯も、誰かの指示や罵声も関係ない。薄暗いレストランの中では躯に響く暴力だけがすべて。

「手助けした方がいいか?」

ワンフロア上から、空気を読まない飄々とした声が降ってきた。吹き抜けなのでよく聞こえるし、静雄はいやでもその男の姿を視界に入れてしまう。重厚なワインレッドのカーペットの床に、沈むような黒いスーツ。最悪に目立つ虹色の髪、二色の瞳。

「うるせえ黙ってろ、来たら殺す。つかなんでここにいるんだよ」
「狗木ちゃんがいるから」「アホか」
ガッシャーン!カウンタに並んでいたシャンパンタワーを蹴り倒す。酒が目に入ってのたうつ男の背を思い切り踏みつけ、肩関節を靴のかかとで砕いた。目標以外は好きにしろ、と言われている。平和な昼間を壊された怒りで静雄は満タンだった。
「機嫌悪ぃなァ、なに、焦らしプレイでもされてんの?」
「やっぱ降りて来い、シメるから」
「やだよ、俺狗木ちゃんの上で腹上死って決めてるもん」

もん、じゃねえよ気持ち悪い。舌打ちと共に毒づいて、殴り倒した男の胃液や何やらで汚れてしまった革靴の先を、男の服に擦りつける。忌々しいことに、コンビを組まされているあの黒髪悪魔が買った靴だった。恐ろしくて値段が聞けない。こういう世界に入り、それなりの金額を生で見たこともあるが、静雄はなんとなく弱みになりそうで嫌だった。もらって一週間たっても履かなかったら、8日目に家中の靴を全部捨てられた。トイレのスリッパまで、だ。仕方なくその靴を履いて、留守中に不法侵入したのであろう犯人の所へ怒鳴り込みに行ったところ、寝起きの顔で出てきた外道は気味が悪いほど柔らかな声音で言い放った。

「俺の目に間違いなんてないんだよ、シズちゃん」

眠気と笑顔半々で、へにゃ、と笑うものだから、……ずるずる履き続けて現在に至る。あくる日に目にした札束(俺の靴売り払いやがった!)で犯人の頭を殴ったが。
 

「で、どれ?噂の刺殺魔は」
すとん、と危なげなく着地した戌井に、静雄は黙って首を傾げた。
「え、知らねーの?」
「見たら分かるって、臨也が……」
「刺殺魔さーん、誰ですかー。……って、あ、」
気絶者が積まれた山のうち、ひとりに躓いた戌井が前傾のまま静雄を振り返った。
「なんだ」
「今すげー、ゴツって音が。こいつじゃない?」
「ゴツ?」
戌井はしゃがんで男の腕を取る。酒に濡れたスーツの下から、真新しいギプスが覗いていた。
「っ、こいつ、」
「知り合い?」
腫れ上がった手首と指の形を無くした手。握り潰した感触を思い出して、記憶に沈む。覆面を取られた顔に、深く息を吸い込んだ。

「……この前の交渉役だ」

赤い方の瞳が少し細くなった。戌井はふうん、と言って男の両腕を後ろでまとめ、自身のスーツのポケットから出したプラスチックの手錠で繋いだ。金属製のより抜けるのしんどいから、と重宝している物だ。男を山から引きずり出し、その顔をまじまじと見る。静雄も覗き込んだ。気弱で向こう見ず、段取りは悪いが欲に忠実で痛みに弱い。ざっと浚ったイメージは、ここのところ警察を走らせていた刺殺魔とダブらないでもなかった。組織の子飼いならすぐ捕まらなくて当然だ。あっちのトップを褒めてたか、と、どうでもいいことを思い出す。

「なあ、今日ここに襲撃に来るっつー情報得たの、臨也だよな」
「……」
「お前は日勤だから当然ここ。で、俺はシフト変えでここになった。変更が決まったのはお前らの交渉会より前だ」
「……あ?」
「襲撃予定日は事前に分かってたけど、時間がまだ掴めてなかった。だから俺今日オールなんだよね。で、襲撃の具体的な時間が分かったのは実行の数分前」
「……だから?」
「あいつ今日会議かなんかだろ?お前に指示出す電話、超短かったじゃねえか。なんて言ったんだよ」
ほらコレだ。静雄は鋭く舌打ちをして、床にほ放りっぱなしの携帯を睨んだ。いつもこうだ。後から後から、ゲームのルールを細切れに教えられる。

「……『1時にお客さん。中に刺殺魔が混じってる。捕まえて警察に。見たら分かる』」

つまらない―――うんざりなんだ。
静雄には、厭になるほどの情報が与えられていて、そのくせ大事なところはすべて後からだ。まるで自分で考えろ、と子供を突き放すような扱い。これが善意なわけがないと静雄は思う。死神ばかりの手札を平然と引かせる男が相方なのだから。

「黒スーツの山に白ギプスは目立つな。倒した後でも十分気づける―――さて、どこまでがシナリオなんだか」
「うるせえ」

踵を返した床で、プツンと軽い音。洒落ているのか品が無いのか、薄ぼんやりとした黄色い照明に溶けて、粉々のシャンパングラスがきらめく。掃除をする気も失せて、静雄はバーテン服の蝶ネクタイをむしりとった。忌々しい、本当にうんざいりだ。それでもカードを引いてしまうのは何故だろう。静雄の家の玄関には、今もこの靴が入っていた箱が置いてある。黒塗りのそれに詰められたあらゆる色の感情に気付かないふりをしなければ、息をするのも苦しかった。
 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

と躯というのは、狗木にとってある意味切り離された関係だった。回路は存在しても中を走るのが電気信号で無く空気なのだ。頭の中ではじけた激情が上手く手まで届かない。逆もまた多くあった。引き金を力いっぱい引こうとしている指を、脳は冷めた感情で眺めているだけ。上手くやり取り出来ずにあふれた情報や感情はどこでスパークするのだろう。目尻や、ふとした吐息から火花が出そうな気がして、無意識に目をぎゅっと閉じることがある。狗木はそれを幼稚な幻想だと思ったし、高尚な精神分析だとも思った。爆ぜる火花。輝く派手な光。連想する色は、ななつ。


振り仰いだ空は透き通るアイスブルーだ。


高いところから見たほうが合理的、という理性と、天気がいいので空に近づきたい、という欲望と。狗木の中ではそれは同色だ。少なくともななつの中にはない色だが。別に人形のように生きたいというわけでもなく、しかし以前より平坦になった感情の起伏に少々困惑する。自分のことなのに可笑しかった。脳は心とも回路を切ったのかもしれない。


蒼を汚す白は無い。見下ろしたコンクリートは焼けた灰色だ。


狗木のいるビルの屋上から、大通りの人だかりがよく見える。なないろが勤務したり遊んだりしているレストランが中心地だ。あんなに人が来ることは、金曜の夜でも珍しいことだろう。警察が組織の息のかかったレストランで食事をする様を思って、少しだけ唇を動かす。金髪のバーテンは怒るだろう。情報屋あがりの新入りは笑う気がする。よく分からない新入りだった。なないろのことは、想像がつきすぎて逆に言葉にならない。


ほんとうのダークブルーにはまだ早い。

頼まれたとおり一部始終を録画し終えて、狗木は携帯を仕舞った。画像は荒いが大丈夫というのだから狗木には関係無い。暇だったから使われたのかもしれない。それはそれだ。別に腹も立たない。組織への加入時期と個人の能力値は分けるべきだ、というトップの考え方は気に入っている。自分がそこそこ有能であるという自覚はあったし、携帯を渡してきた新入りは恐ろしく頭がキレる。バーテンの喧嘩に文句はひとつも無い。銃ではああも派手にならないな、とふと思い、また連想する色を慌てて数えた。ななつ。忌むべきラッキィ・ナンバ。

夜が来る。夜が来る。今日は一度もスパークの気配が無かった。四六時中浮かんでは、視界を覆うなないろに苛々することもあるが、その頻度が何を意味するかはもうなんとなく分かっていることだ。

大丈夫。手と脳は切れている。まだ、撃てる。



「狗木ちゃん」



軋んだ音を立てて開いた分厚い防火扉の向こう、似合わないスーツを着崩した男が立っていた。ゆっくりと暗く沈む空を背に、今自分はどんな顔をしているのだろう。足元から這い上がってくる夜を笑い、その男は狗木に手を伸ばした。怖くないよ、とでも言いたげに。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「閉じ込められたお姫様は誰だろう」
「……」
「走りまわされた騎士は誰だろう。腕をふるった料理長は誰だろう」
「……」
「生贄にされた羊は誰だろう。全てを見逃した寛大な国王は誰だろう」
「……」
「寡黙な補佐官は誰だろう。悔し泣きの異国の魔法使いは誰だろう」
「……、」
「黒いドレスの女王は誰だろう」
「それはあなただ」
「……」

「情報の檻。壊された記憶。二回の手術。強制的自殺。檻を壊さなかった男。この証拠を作った男。兵士を失った私。そして最悪なのはあなただ」
「どうして?」
「どうして?この――これを、私に見せておいて、どうしては無いでしょう」
「何も不条理なことはない。檻は俺の関与じゃない。いつも自分で考えろって言ってるのに」
「……誰ですか」
「……」


「あなたがでっち上げた、刺殺魔の犯人の正体は誰ですか」
 

薄く浮かんだ笑みに、正直吐き気を抑えきれない。それでも私は淡々と言葉をつむぐ。

「わたしは交渉人を送り込みました。あなたの組織の管轄内で刺殺魔が横行しているのを知ったからです。混乱期に一気にあなた方と繋がろうとしました」
「懐柔じゃないの?」
「……それが月曜日。ところが交渉人は帰ってこない。火曜日、ふっつり足取りが消えました。同時にあなたの組織でひとり、男が自殺しましたね。下っ端が金を掠めたのでその粛清らしい、との噂が私の耳に届きました。貴方の采配でしょうけれど」
「でしょうね」
「水曜日。下手を打って始末されたか、と思っているところに刺殺魔逮捕の速報です。あなたのところのレストランというので、子飼いの中に犯人がいたのかと嗤いました」
「でも違った?」
「違いました。逆でした。私の子飼いが襲撃をかけていたのですね。……下部の把握が温かった。警察が来ましたよ」
「驚いていただろう?」
「ええ、私を見て少し絶句していました。私は首検分をやらされました。確かに私の部下です、私が送った交渉人です、と証言もしましたよ。彼はいろいろな精神的ショックで記憶が混濁しているが、会話は通じるし物証も凶器も出ましたから、拘束、裁判、処刑の道をたどるでしょう」
「自室から手術用器具が一式、ただしメスは安物、でしたっけ」
「それは極秘情報ですが?」
「報道規制をかけてるのは俺だよ」
「……そうですか。ではもういいでしょう。あなたを挑発したことは認めます。最後はあなたの口から聞きたい」
「何を?」
「……」


私は立ち上がった。その拍子でワイングラスが派手に倒れる。

「案外短気だね。本当に俺には何も言うことはないよ。大体分かってるじゃない。そう。捕まった君の交渉人は犯人じゃない。薬で頭の中壊された廃人。整形と洗脳と1日でやったから結構ギリギリだったけど。刺殺魔やってよろこんでたバカはうちの子飼い――だったモノだよ」
「モノ、……」
「死んだらモノだよ。『燃えたらゴミの法則』と一緒だね」
「あなたは、……警察の介入を」
「厭に決まってる。非合法の組織だよ?色々面倒くさいじゃない。俺個人としても非常に面倒だし、国際指名手配に戸籍上存在しない男に、闇医者の分まで面倒見きれないよ」

医者には悪いことしたなあ、とからりと笑う。どうせそいつの器具が今回の『凶器』だ。何人分もの血を吸っているからうってつけだろう。

「それに、人間超えかけてるバカもいるんでね」
「……」
「俺は奴が嫌いだよ。嫌いでしょうがない。理詰めの暴力はありえないって、俺のやってることを批判されてる気分になるからね。奴の力の前では全てが霞む。それでも、そういう駆け引きはなかなか楽しいものでね。理詰めでもほら、こうして君に仕返しできたわけだし」
「私もあなたが嫌いです」
「それは良かった」


私はグラスを直し、まっすぐ相手を見た。


「でもこうして敵地に乗り込んできて、正面切って食事する度胸は素晴らしい。濃い話も聞けたし良かったね」
「そうですね。もう話すことが無いので帰ります」
「代金はいいよ。彼女によろしく」
「さよなら」
「喧嘩したくなったらまた来なよ。ましな人材が手に入ってからさ」
「・・・・さようなら」
「バイバイ。期待してるよ、帝人君」

私は振り向かなかった。
 

「……一人かよ」
「うわあ、バーテンだ。レストランで見ると似合うね」
「どういう意味だ。つか客は。金は」
「裏口から帰ったし、ここは俺持ち。いいねえ、かっこいい。ワインおかわり」
「うぜえ!自分でつげ!」
「職務放棄じゃないのー。あ、ドア閉めて。VIPルームだから」
「ひとりでやってろ」
「え、ひどい!ちょっと飲もうよ、払うから」
「……職務中」
「今更ー。ねえひとつ聞きたいんだけど」
「・・・・・・・ひとつな」
「オゴリだと機嫌いいよね。まあいいや。連想ゲームなんだけど、」

大嘘つきは誰?

「ゲームになんねえよ」
「なんで?」

まっすぐ、邂逅、火花と暗黒。

「それはお前以外にありえないからだ。クソ臨也」