人工の紫を厭だと笑ったのを覚えていたのかどうかは知らないが、今度客が来るからちょっとお洒落してよと言ったら波江は爪に薄く水色を塗ってきた。薬っぽい、安っぽい、ありえない、ていうか水は透明だからさ。何とでもけなせたが口から出たのは不思議な色だね、という当たり障りもないものだった。薄いだけ断然マシだとは思ったが。
「どうかしら」
造られた水の色が似合う人間もそういないだろうねえ。今度ははっきり口に出す。一瞬表情が抜けただけで、まあそうでしょうね、と何でもないように返すからこの女は。確かに水色って水の色じゃないわよね、と面白くもなんともなさそうに言うので、あれだよ、ほら、水溜りが空映して青いんだよ、と笑ってやった。イメージどおりの溜息が返ってくる。なんだよ。
「あなたは普段着じゃない」
「気が向いたら着替える」
「あたしだけ、」
「浮いちゃいないよ?どうせ先方が着飾ってくるから」
そしたら俺だけ庶民な感じで浮いちゃうかもね。有り得ないわとばっさり切り捨てて、波江は依然無表情のままひらひらと手を空気にかざした。独特の匂いが霧散する。十個の小さな水溜りが、細い指の先で黙って揺られている。
「足にも塗ってんの?」
「……それは」
「慣習?」
「風潮よ」
「じゃあ二十か。いいね、台風一過な感じで」
「は?」
ふふんと笑ってパソコンに向き直った。たとえばどぎつい赤だとか、馬鹿みたいなどピンクだとか、異常なまでのオレンジだとか。それらの簡単な選択をすべて切り捨てて選んだのがささやかな薄青であることに、何故だか俺が非常に満足している。面白くないので波江にはもちろん何も言わなかった。